Vader/yu_koroのアイドルコンピ制作手記

「なぜアイドルソングにゴシックメタルを選んだのか」

 音楽の嗜好とは不思議なもので、何歳になっても10代半ばに好きだった音楽の影響は色濃く、50~60代の熟年者であっても10代の頃に愛した音楽を今でも好んで聴いているのである。これは現在43歳の主婦あらためアイドルであっても恐らく似たような傾向であろう。
 そして今回、43歳の彼女が再度夢を掴むために全力でデビューする曲はどんな曲だろうか。果たしてそんな彼女が周りと同じような流行り物で勝負するだろうか。人生を賭けた大一番だとすれば、後悔しないためにも自身の嗜好に深く刻まれた音楽で勝負するのではないだろうか。
 本制作ではこのような発想を起点に、43歳アイドルが10代半ばの頃、つまり1980年台後半にヒットした邦楽や洋楽をモチーフとした曲を制作することにした。

 まず、1980年後半にヒットしたアイドルソングといえば、真っ先に松田聖子中森明菜の音楽を思い浮かべたが、これは残念ながら楽曲に取り入れない運びとなった。
 その最たる理由は思い出補正の有無だ。リスナーが現在の彼女達の音楽を聴くとき、デビュー当時の彼女達(10代)とリスナー自身の思い出を曲に投影しながら聴くことは少なくないだろう。当時若くキラキラと歌っていたアイドルが、年月を経て、人生の深みを増してあのヒット曲を歌う。こういった強力なコンテキスト(背景、文脈)の積み上げこそが彼女達最大の強みでもあるし、音楽とは得てしてこのような要素も多分に含まれる。
 ともすると、43歳アイドルが突然この手の音楽でデビューしたとしてリスナーの反応はどうだろう。あぁ、懐かしい感じだね、で終わるのではなかろうか。そこには何のコンテキストも無いし、ましてや流行でもない。物珍しさで一定のファンは付くかもしれないが、人生を賭けた大一番にしては物足りない結果とも言える。

 次に一度視点を変えて、現代アイドルソングの潮流を眺めてみた。
 現代はアイドル戦国時代と呼ばれ、無数のアイドルがひしめく状況下であるためメディアでよく目にするアイドル以外は割愛するが、国内トップに君臨するのは間違いなくAKB48グループだろう。あとはハロプロももクロ、新しいアイドルの形としてグローバルな活躍を見せるBABYMETAL、といったところだろうか。ちなみに筆者の嗜好でアイドルマスターと、友人の意向を汲んで℃-uteの名もここに加えておきたい。
 雑な俯瞰で恐縮だが、楽曲の傾向は打ち込みによる電子音楽を主体としたスピード感のあるダンスポップなものが割合としては多い。もちろんバンド編成のロックな曲やバラード曲等も一定数含まれる。また最近では、BABYMETALを始めとしたハードロック、メタル編成のアイドルにも注目が集まっており、ゴリゴリのハードロック曲をキュートなアイドルが歌うというギャップが新たな市場を作り出しているようだ。
 冒頭で申し上げた通り、我らが43歳アイドルがこのような現代アイドルソングを単純に模倣することはしないだろうし、仮に模倣したとしても非常に厳しい状況下に置かれることは想像に難くない。特にキラキラとした若さを全面に出す必要のある楽曲系統に関しては、25歳が寿命という言われる現代アイドル市場では勝負にならないだろう。

 では43歳アイドルはどこで勝負するのか。
 私はその一つの回答として、ゴシックメタルに行き着いた。

 ジャンル選定の理由は主に2つある。
 1つ目は現代市場の潮流だ。これまでもハードロックやメタルのアイドルソングはあったが、なにせ他のアイドルソングに比べると圧倒的に規模が小さかった。ところが、BABYMETALのグローバルな活躍により市場の受け入れ素地が広がり、加えて、こういうアイドルもありなんだ、という認識を世間に広めることに成功した。虎の威を借るではないが、BABYMETALが作り上げた青く澄みきった大海を活用しない手はないだろう。
 2つ目は年齢との適合性だ。上述した通り、43歳という年齢でキラキラしたポップスを歌うのは表面的な部分だけでも厳しい側面がある。だが、ゴシックメタルであればこの表面的な部分をある程度伏せることが可能だ。本ジャンルのバンドPVを見ると、ゴシック特有の化粧や衣装もそうだが、全体の雰囲気が年齢不詳感を漂わせてくれる。また、仮に表面上年齢が出てしまっていても、老いとゴシックは意外とマッチし、老いという弱みを妖艶という強みに変えて勝負することができると考えている。
 簡単ではあるが以上2点を理由に、43歳アイドルが戦っていくジャンルとしてゴシックメタルは適合性が高いと判断した。

 さて、ジャンル選定を終えたところで基本的な考え方に戻りたい。ゴシックメタルもとい音楽的には北欧由来のメタル(ネオクラシカルとも呼ばれる)なわけだが、これが冒頭に記載した方針、つまり1980年代のヒット曲にあることが最も重要なことである。結論を言うと、ずばりある。
 これも代表的なアーティストに絞るが、洋楽では本ジャンルの先駆者と言われているイングヴェイ・マルムスティーン、邦楽では北欧メタルの流れを汲んだX Japanを挙げれば十分であろう。実のところ、1980年代後半は北欧メタルの成熟期でもあったのだ。

 いよいよまとめに移ろう。
 繰り返しとなるが、ゴシックメタルを選んだ理由は、現代市場の潮流、43歳アイドルへの適合性の高さ、そして1980年代後半のヒット性だ。なお、ヒット性だけを言えば1980年代のアイドルソング風の曲が候補に上がるが、これも先述した通りコンテキストの側面から不適と判断した。
 駆け足ではあったが、以上をもって本手記タイトルの答えになっていれば幸いだ。


コンピ概要
アイドル願望が止まらない!43歳主婦デビューソング実録38分
https://peraichi.com/landing_pages/view/idol43

収録曲
AGAINST ~輪廻の楔~ / yu_koro

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 これは余談だが、ゴシックメタルと言いつつアイドルソングを意識してポップな仕上がりになっている。その筋の方々からすると違う代物かもしれないが、この点はご容赦頂きたい。
 また末筆ながら、アイドルコンピ企画者のもひげりあん氏、全曲のボーカルを担当したみょみょ氏には御礼申し上げる。